2013年05月

2013年05月29日

目の前に天使がいる
この天使のなにを僕は分析しようというのだろう
宮沢賢治の
雨ニモ負ケズ
のように
褒められもせず苦にもされず
誰にも何ごとも 評価を受けない
徹底的に無視された存在に
僕は 憧れることができただろうか

天使は泣いている
それなのに
僕はその天使が 一体なにを原動力にして泣いているのか
明るみのもとに出そうとしてあぐねている

こちらは
((ここは、はっきり言っておきたい))
こちらの 根っこをもち
そちらは
そちらの 根っこをもち
土の下にかくれたそれを
やりとりするには
やりとりするにはさぁ・・・

僕はきっと 自分で自分を言い訳するために
生きているのかもしれなかった
僕の言い訳に君を巻き込むこと
それが僕の罪かもしれなかった

君が生きるにあたっては
僕なんかいらなくて
だけど そんな僕のことを
君は 好きだと言ってくれた

部屋の中で 時計が鳴り
閉じられた窓に やっと ひびがはいった
個性に押しつぶされそうな時
天使の涙が暗闇を救った

これからどうしていく?
よし これから
眠る家々の窓に
小さな灯りをともしにいこう
それか

ここにのこり君の体を
その部位ごとに 解剖しよう


(01:37)

2013年05月24日

なにが不安かわからない
なにが 不満か
ばかか 痴呆か

いや全て消そう
不快なことは全て

愛だけがそこにあって愛でられればよかった
愛だけが光って汚れた部分なんてまるで見えないで

そうして一生夢の中で暮らせれば全然幸福だった


真実はやってくる
向こうからたずねて 心臓を
心地よいリズムから不安定な鼓動にかえる
僕らはしめあげる首をもたないで 流す血を意識しないで
ただ体だけが知っている律動に うながされ る

ちゃうちゃう
願ってんやよねー
ちゃんとちゃんと
ほんまや
信じてやー


げ ら
げ ら
律動ビート最高峰
げ ら っぽん


そんなに不安な太陽が不愉快なら
自分の目をくりぬいて食べていなさい


僕は
僕は
ひとつひとつの文字や線を地面に書き込み続けている
そうして住む家になった
猫がいて
窓から見える空にはかつての友人ものぞいている
山々は
広く強く確かで
僕の家には 疎外されたものは 僕が疎外したものは
ゴミ箱のなかに入っているのか 外にしめだしたのか
僕の家に僕の不快なものはない
そして僕の不安な理屈もない
僕に最適化された 他人につまらない 僕の家が
焼き払われるとしたら 誰の手によるだろう
しかし僕は 抵抗し たたかい その行為を「正義」となづけ エナジーをたたえて行動するだろう
ばっかか
やめろくそったれ
疎外がそこにある 僕の疎外した僕じゃない別のものが
僕は疎外をどうにもすることができない
僕は疎外に触れられない
疎外者がライフルをもって僕を暗殺しようとしても
僕は逃げることしか 有効な手だてはない
どうしたら
疎外者は家にはいるのか
疎外は やむのか
疎外が 疎外である理由はなんだろう
生きる理由が疎外のなかにあるとき
僕は黙って 離反を受け入れなければならないというのは ほんとうだろうか
僕が信じる 信じたいほんとうは
そういう風景にはなかったのだが
現実にうち負けるのは早く
あきらめも追随し
夢からひきずりだされた図体が
路上で醜い痩せ姿をさらし
ほふく前進で車をかわし
中央分離帯に避難するが
とどめられたのは自分の命だけである
無関係に
無関係にとおりすぎる車の流れ
そして人の列
ときに葬送が
僕の意識を虚空にむかわせた
どこに愛があるのだろう
このどこに
探し出せば胸のなかにはなく
空を見れば溶けつかむものはなく
たまたま
そばにいる人の目を見る
自分の目から その人の目の中へ
流れるもの これを 愛と
愛と
かつては名乗っていた
しかし
なにも動かさず
なにもつくらせにしない
存在だけの愛に
僕らは生活をあずけられないのだ



どっこい 生きてるタフなやつ

どっこんじょう がえるーー

かえるにかえる

ひるがえる

よるがえる

げえろげろ

げえろげろ

げろ んぱ

(09:40)

2013年05月18日

太田光の巨大に勃起したペニス
その太田光は学生時代ボクシングをしていて・・・

ほれぼれしてこちらが恥ずかしいほどの巨大なペニス
あれは俺のペニス信仰の現れだったのだろうか・・・


そんなかんじの夢をみました。

(10:53)
・・・なに勝とうとしてんだ、なに勘違いしてんだしろーとが、へたくその、めいわくの、、、ごくつぶしの、おっさんの、ぶさいくの、ぼたもちの、
あんなに、理想をかたったのに、やはりでてくるのは、単なる身分、価値、努力、んんんん、自己所有の多い少ないとそれのコンプレックスと自意識と
他人にむかってない、こんなおれでも待ってくれてる人がいる、程度のことすら思えてない
りそう
自分との自分との関係が、希薄?単なる、うまいから、すごいから、すぐれているから、頭悪くないから、自分が好きなのか、自分が好きで肯定できている理由が、じぶんが やれてるからなのだろう。
それは、悪いことだろうか 当然のことである
だけど マリヴロン 信じてる 信じたい 信じよう
願わくば、マリヴロンのようになりたいのだった
どんな人間でも後ろに芸術をつくってる
どんな人間でも
そう思うなら それを本気で信じれるのなら
いま めそめそ おめおめ へたれ てるばあいじゃない そんな精神にならないはず
おれに足りないもの
じゃあそれは、テクニックなのか 楽曲なのか
精神 理念 思想
そんなものが 観念だけでおわらずに
体で 体現して
一番美しい風景を いつでも自分の体内で見ていられること
それが 必要じゃないかな
・・・そういうふうに いい気になって
そういう風に とりあえず 自分の頭の中だけでも、 平和になって
平和になって それから自由になって
そんなささやかなことが できてないと、
できてないと、生の方向にいけない
そうだ
生きる
より生きる
ために 信じることを 一番つよいものを
魂 のごとくものを
なんかそんなのに 注目せにゃならん

(10:53)