2011年09月

2011年09月27日

本当に本質的だと思う
本当だと思うことをやろう

「通用する」って
そういうところしかないんじゃないか。

近きに易し。

(21:28)

2011年09月26日

9d5552ba.jpg…ここにも…

…ホンダが…


(18:20)
とかなんとか

なんつって


今日がんばっぞ

がんば!

おれ、がんば!

がんばれい!


(16:01)
ああ

黄昏

おれ

黄昏て


今日もやっぱり

マックを食べよう

いいか きさま

マックを食べるのに意味はない

だからなんだっつうか

とりあえず腹へったっつうか

あ、今日ライブだ

やべー忘れそうになってた

というのは、真っ赤な嘘である

電車に揺られながら、どきどきしているのである

自分は、臆病なのである

ほんとは、音楽のライヴなんて、さらさらしたくないのである

と いいきってしまうのも、緊張しているからなのである

つまり、自分はいま緊張しているのである

今日どうなるかな ってゆうのが、心配でしかたないのである

てゆうか、ほんと、自分のせいなのである

事前の準備の問題なのである

ああ

黄昏が見える

まだ、16時なのに

さようなら

もう千葉からだいぶはなれた

僕は一人だ

こんな都会で

どう立ち回っていけばいいのか

不安

見えない

迷子

ああ
トイレいきたい


(15:56)

2011年09月21日

ここに書くんだあっこに書くんだどっかに書くんだ

意図して意図せず

僕はピンピンなのに君はもういない
雨だし

この雨は君と関係あるかもしれないと
思ってみた

だからこうやって
時折強くなってみたりするのかい?

しゃべってんのかもしんない
今また弱くなった

雨のリズムにまぎれてるかもしんない
そうやって、拾われない声が無数に飛び散ってるのかもしんない

ものすごくかわいそうって
たまに自分で自分を思ってみるけど

ほんとうになくなったものが
ほんとうはいっぱいあるんだ

風が叫んだ
びゅおーって言った

こうやって
ただ座ってるだけで

僕は何かを圧迫してるんじゃないか

ぶってほしい
風よ
気づかせてほしい

雨よ
なつかしい声で
しゃべりかけてほしい

木々が細切れにざわめく
なんで僕はパソコンで
文字を打っているんだろう?

見えない声があるということに
気づきそうになるが結局

僕は僕たちの
耳元にきこえる声を聞いてしまう

そうしてまた
変わらず何かを圧迫しつづける

それは君のことかもしれない

すこしだけ
声を通じさせてほしい

見えるものと見えないもの

そのさらに向こうがわにいるものよ

僕ら小さきもの一つ一つに
通じ合える声をください

(14:46)

2011年09月18日

ねむいす

すいすい


ねむいすう


(03:58)

2011年09月15日

なにを みてんだ
なにに ちゅうもくしてんだ

Aに注目して
Bに注目しない

無縁社会だからこそつながりが重要視され
つながれないことは 価値を失していく


上を見てるから、横をみてるから
かたっぽしか見ないことになっていく

「何で俺は、この数なの?」
と思う。
そして、神に懺悔する。
そうすると、いいんだけど。

上の者に届かないから、
下々の者を利化する。
よってもって、神に懺悔する。
懺悔すると、きもちが晴れるから。

神って、いたっけ?
あ、いま俺が敵のように感じてるやつも
いるのか?
やつの方から見たら、俺は視界に入っていない。
俺は、いるのに。

そういうふうに、自分の存在を無化されるのが、こわい。
なんとなれば、神に懺悔し、歌のおこぼれをもらう。
自分で自分を救う方法を教えてもらい、歌ってみる。

神様とディープキスする。

「あいつは、すげえな」
と、つぶやかざるをえないのに。
すごいなんてないよ、みんなおなじだよ、とは
お慰みじゃないか?

なんだろうか、この無意味さは。
なんだろうか、この無価値さは。
そんなこたぁない、と、言ってくれますか。
そんなこたぁない、と、自分で叫んでみた方が。





外を見やってみよう。
草が生えたりしてるではないか。
なんだ
空はあって、雲は白いのは変わらなかった。
子どもの頃と変わらなかった。
あれ?
俺だけが変わったのか。
みんな変わったんだ。
人間はみんな変わったんだ。

ほんとうのことは、数字に置き換えられなかった。
と想った のに
揺れて壊れた日はそうおもったのに
ただ、みんなが社会が一番大事にしようとしたもののひとつは「経済」であり
きづけば数字にだけ頼らんと、
数字がないのは耐えられんと
そういう脆弱な
精神にかえってきました。

(12:52)

2011年09月14日

W田やT中を見てもわかるように、その日に起こったことについて自分の感想や意見を言っていく、というそれって、やっぱはたから見るとおもしろい。

おもしろい、とわかっていることを、そのままやってしまったら、ただ単に得するだけじゃねえか。

それが不満で、そうじゃない方法でやりたいのだ。


あいつ、得ばっかしやがって、不愉快じゃねえかよ
というのは、やっぱ単にひがみなのかなぁ。
俺のひがみなのかなぁ。

どうしたら、循環から抜け出せるの?

誰も、抜け出てねえじゃねえか。

誰がかっこいいとか、誰が優れてるとか、あいつはぶれてねえとか
でも、自分が生きると他の誰かが死ぬという循環から抜け出た奴はひとりもいねえじゃねえか。
そのことで言えば、みんなおなじじゃねえか。


人間をなめない、という態度を、ずうっともっていたいと思った。

海を見て思った。
人間には、わかることのできないものがある。
だとしたら、そのとき、人間をなめない、という態度は、どこへ向かっていくのか?

わかることを、精一杯、わかっていく。
だけど、そもそも前提から、わかることのありえないものがあるとしたら?

自分が絶対だと思ったことは、果たして絶対だろうか。
なんで絶対だと思っているのだろうか?
それは弱さか強さか?
それを相対化したとき、あなたは、もろくなってしまうのだろうか。

一人一人が生きていて、みんな生きていて、生き方がどうであれ、みんなが生きているということに優劣はないんだ。
「平等」、ってなんだ?
勘定して、自分が、儲けてばっかでいられると思うか。
勘定して、最後の勘定して、そしたらみんな、ちゃらになる。
それが、「平等」じゃないか。
その、最後の勘定っていうことが、わかるようにしなきゃいけないんじゃないか。
それは、僕ら人間がわかる範囲のことで、やれる限りやれば、できることなんじゃないのか。

やってもないのに、終わってもないのに、無理だ、って言っちまうことが、「人間をなめる」っていうんだ。


(23:13)
ブログも、あれかもしれない。
らいヴと一緒で
もっと親切になるべきかもしれないけど、しゃらくせえじゃないすか?

しゃらくっさいから、書きなぐってほい、なのだぁ。

昨日はJAM朗読、シラフさんとクニモトさんとコヤマさんと
ほほいとその場でつくってよんで立ち去りANGAへ
幸ちゃんのレコ発。


おお、
日記ぽい。
事実はそれだけでなんかおもしろいかもしれない。

かもしか
えぞしか

ちがうのだ。
ちがうのだ。
ただ、不安がおぼろげにビルトインされた日常が。
いやなだけじゃないか。
つたわらない

つたわらないのは かんたんにつたえたくないからだ

(21:52)
神様よりも数千万の

お便り。


naze ni kakunoka
baka dakarada
baka yarou dakara
onnna ni motetaikarada

いや間違えた
いくら書いても女にはもてない。
だって誰にも見せてないんだから。

いや、これは見せてるね。
みんな、見せてる。
実際みんな見せるということをあらかじめ前提された文章だということを忘れるなかれ。
もてたい。
それは
成功したいとか
金が欲しいとか
生きたい
みんな一緒や
ばか野郎や

いきおい
いきおいで書くとこうなってくる。
何の推敲もなく、
何の思慮も

ただ
書くために書いてる。
ブログの更新のために書く
になってくる。


うーんこれを発表することの意味
まで考えると、アクロバティックにならないと見えてこない。

それでも俺は書く。
たまに。
いやよく書いてるけど
それは誰にも見せないノートになのだ。

ブログってなんだろう

(21:48)